大判例

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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20873号 判決

原告

吉田嘉明

右訴訟代理人弁護士

御園賢治

廣上精一

被告

全日本空輸株式会社

右代表者代表取締役

近藤秋男

右訴訟代理人弁護士

大貫端久

深澤信夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、平成四年七月七日、被告に対し、旅行代理店である株式会社日本旅行を通じて、四名分の成田―北京、北京―上海、上海―成田間の航空券の予約を依頼した。

2  被告は、原告の右依頼に応じ、平成四年八月一四日に北京から上海へ向かう中国東方航空公司MU五九八三便等の予約を行い、同年八月六日、日本旅行を通じて、原告に対し、右MU五九八三便の出発時刻を午前一一時二〇分と記載した四名分の航空券(以下、「本件航空券」という。)を発券し、交付した。

3  原告ら四名は、平成四年八月一二日、被告の旅客機(全日空NH九〇五便)で北京に渡ったが、同月一四日、被告によって予約されていたはずの前記東方航空MU五九八三便は、原告が被告に航空券の予約を依頼する以前から、出発時刻を現地時間の午前一一時二〇分から午前一〇時二五分に変更していたため、同機に搭乗することができなかった。

4  原告らは、北京において、上海行きの他の旅客機に搭乗することもできず、同日、帰国した。

5  被告は、前記のとおり、東方航空MU五九八三便の出発時刻が変更されていたにもかかわらず、変更前の出発時刻が記載された航空券を原告に交付し、その後も、原告に対し、何の連絡も行わなかった。

二  原告の主張

1  被告は、航空券作成に当たり、その券面上に記載される航空機の出発時刻を正確に記載すべき義務があるにもかかわらず、右義務を怠り、本件MU五九八三便の出発時刻が現地時間の午前一〇時二五分であるのに、これを午前一一時二〇分であるとの虚偽の記載を本件航空券になしたものであるから、被告には、原告に対する東方航空を航空運送人とする北京―上海間の航空運送契約締結を目的とする委任契約または同航空運送契約に基づく航空券発行に関する準委任契約上の債務不履行ないし不法行為上の過失がある。

2  原告は、被告の債務不履行ないし過失により、前記のとおり、本件MU五九八三便に搭乗することができず、また、同日の他の上海行きの航空機にも搭乗することができなかったため、貴重なお盆休みを利用して、やっとの思いで実現させた友人三名との中国旅行の中止を余儀なくされ、次のとおり、財産的損害を被ったのみならず(左記の(一)ないし(三)の各費用は、全て原告が出捐した。)、多大な精神的損害を受けた。

(一) 成田、北京間、北京、上海間及び上海、成田間の航空運賃四名分

一〇二万六〇〇〇円

(二) 中華人民共和国査証取得費用四名分

二万八四八〇円

(三) 日本旅行の取扱手数料

二万〇六〇〇円

(四) 慰謝料 五〇〇万円

3  よって、原告は、被告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償として、右2の(一)ないし(三)の財産的損害の全額と(四)の慰謝料の一部の合計金五〇〇万円及びこれに対する債務不履行ないし不法行為の後の日である平成四年一〇月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  主たる争点

被告に、債務不履行ないし過失が認められるか否か

第三  争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実と証拠(甲五、乙一、二、三の1、2、四、五、六の1、2、原告本人、証人服部啓隆、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  航空会社の国際線予約取得システム

世界の航空会社は、一般的に、コンピューターシステムを使用して予約取得を行っているが、各社のコンピューターはそれぞれ独立したシステムであり、予約取得に関する情報は、航空業界で用いる専用回線、いわゆるSITA(シータ)回線を通じて伝達することになる。

一方で、航空会社は、自社便のみならず、他社便の予約を取得する必要があり、原則として、旅客が一旅程内のうち、複数航空会社の便を利用する場合、第一区間を運送する航空会社が、当該旅客と自社便及び他社便についての運送契約を締結することとなり、第二区間以降の他社便の予約取得や航空券発券を当該他航空会社に代わって(代理人として)行うことになる。

旅客からの予約依頼を受けた第一区間運送の航空会社は、まず、自己のコンピューター上、当該旅客のPNR(Passenger Name Record、当該旅客に関する旅程等の予約記録)を作成することになるが、この時必要な他航空会社のスケジュール等の情報は、OAG(Official Airline Guides)から購入した磁気テープを自己のコンピューターに読み込ませたものを利用することになる。

すなわち、世界中の航空会社が、各個別に運航スケジュールの連絡を行うことは、あまりに煩雑なため、OAGに自己の運航スケジュールを自ら連絡し、各航空会社が、OAGから世界の航空会社の運航スケジュールに関する情報を購入することで代替の手段としている。

OAGは、運航スケジュールに関する情報を磁気テープに入力して、この磁気テープを各航空会社に販売している。

航空会社は、OAGの磁気テープに基づき、これを自己のコンピューターに入力し、このデータに基づいて、予約取得作業を行う。

第一区間を運送する航空会社は、PNR上、既に磁気テープを読み込ませることによって得たスケジュール等の情報をもとに他社便の一旅程を入力処理すると、自動的に、当該区間運送の相手方航空会社に前記SITA回線によって連絡され、それを受けた相手方航空会社は、予約取得の可否について判断し、自己のコンピューターを使用して、SITA回線によって、第一区間運送の航空会社に返答することになるが、その内容は、先に作成されたPNRに自動的に入力され、これ以降、他航空会社との予約に関する連絡と旅客に対するその内容についての連絡は、PNRを通じて行われ、記録されることになる。

被告による国際線予約取得も、以上のような一般的システムに基づいて行われている。

2  OAGのスケジュール変更と航空会社の対応

OAGは、各航空会社から、スケジュール変更の連絡があるたびに、その都度、OAGのコンピューター上のデータを更新しており、被告も、一週間に一度、OAGから磁気テープを購入することによって、最新データの収集に努めているが、運航スケジュールの変更は稀なことではなく、作業上の理由により、スケジュールに変更が生じてから、その変更がOAGに連絡されて磁気テープを購入する側の航空会社がその変更を認識するまでに数週間の時間差が生じることもあるため、旅客の予約依頼を受け付けた航空会社の作成したPNRが、正確な他社便のスケジュールを反映していない場合も発生することになり、また、予約取得後に、スケジュールが変更されることもある(OAGの情報をコンピューターに入力しても、その時点で、既に作成されているPNR上のスケジュールが、自動的に、正しい時刻に変更される訳ではない。)。

そこで、世界の多くの航空会社が加盟する民間の国際的団体である国際航空運送協会(International Air Trans-port Association、いわゆるIATA)は、そのマニュアルにおいて、運航予定を変更しようとする航空会社は、当該変更に関わる便について、予約を取得した全ての航空会社に対し、その変更を通知する義務を負うことを定めており、これに加盟していない航空会社においても、同じ方法をとることが慣習となっている。

したがって、各航空会社は、自社便について他社から予約依頼を受けた場合、予約依頼上のスケジュールが実際のスケジュールと異なっているとき(変更前のスケジュールに基づいているとき)には、相手方航空会社に対し、予約取得の可否を回答する際に、正しいスケジュールを知らせる義務があり、また、予約依頼の時点では、スケジュールに誤りはなかったが、その後、スケジュールを変更した場合は、予約を取得した航空会社に対して、その変更を連絡する義務がある。

3  本件航空券発券に至る経緯

原告は、平成四年七月一日、原告の経営する株式会社の女性秘書で、今回の旅行にも同行した楢島を通じて、日本旅行に、同年八月一二日から同月一八日までの日程での北京、上海及び蘇州への旅行の渡航手続、航空券の取得及び宿泊等に関する手配を依頼し、日本旅行は、当初、航空会社の指定がなかったため、日本航空株式会社に、航空機の予約を依頼した。

日本航空は、右依頼に応じて、原告らのPNRを作成のうえ、東方航空に対し、本件MU五九八三便の予約取得の依頼をした。

東方航空は、日本航空に対し、コンピューター回線により、MU五九八三便の時刻変更の連絡と予約取得済みの返答を即座に行った。

同年七月二日、日本航空は、日本旅行に対し、自社便のほか、本件MU五九八三便の予約取得済み及び同便の運航時刻変更の連絡をしている。

ところが、楢島は、同月七日、原告から、日本航空じゃないほうがいいというようなことを聞いたことから、急遽、日本旅行に、日本航空以外の航空会社に代えてくれるよう連絡し、日本航空は、日本旅行からの依頼により、全旅程のキャンセルを行い、東方航空に対しても、その旨連絡した。

しかし、この時点で、日本航空からのキャンセルにより、本来、消滅するはずの東方航空のPNRが、何らかの過誤で、消去されずに、そのまま存続することになってしまった。

日本旅行は、同日、被告に対し、八月一二日成田発の全日空NH九〇五便、同月一四日北京発の東方航空MU五九五二便、同月一八日上海発の日本航空JL七九六便の航空券の予約取得依頼をしたが、更に、同年七月一三日、本件MU五九八三便の追加予約依頼を行い、被告は、東方航空に、従前どおりの出発時刻で予約取得依頼をした。

被告は、東方航空から、なかなか連絡がなかったため、同月一五日、再度、東方航空に返答を催促したところ、東方航空は、同日、被告に対し、本件MU五九八三便の予約取得済みの回答をしてきたが、同便の運航時刻の変更については、何ら連絡がなく、東方航空からは、この後も、右時刻変更についての連絡は一切なされなかった。

なお、東方航空では、被告からの本件MU五九八三便の予約依頼を、当初、日本航空からの依頼で作成したPNR上で続けて処理してしまっており、これが、被告に対して、改めて、時刻変更の連絡がなされなかった原因ではないかと思われる。

そのため、被告は、同日、日本旅行に対し、変更前のスケジュールで本件MU五九八三便の予約取得済みの連絡をした。

東方航空は、同月一七日、OAGに、本件MU五九八三便の運航時刻変更の連絡をし、OAGは、同月二三日、右変更の情報を自己のコンピューターに反映させた。

被告は、同年八月四日、本件MU五九八三便の運航時刻変更について、OAGから、磁気テープを購入し、自己のコンピューター上に反映させた。

しかし、被告の作成した原告らのPNR上は、東方航空から、何ら、時刻変更の連絡がなされておらず、旅行代理店に置かれている「インフィニ」と呼ばれる端末の自動発券機は、右PNRのデータに基づくため、同月六日、日本旅行により、変更前の離陸時刻が記載された本件航空券が自動発券されてしまった。

二 右認定事実によれば、被告としては、本件MU五九八三便について、東方航空からのスケジュール変更の通知がない以上、その出発時刻に変更がないものとして発券作業を行えば足り、東方航空に対して、直接、連絡したり、自己のコンピューターに入力されているOAGの最新データを利用するなどして、右スケジュール変更の有無を自ら積極的に確認するまでの義務はないものと解すべきであり、被告に、債務不履行ないし過失を認めることはできない。

なお、原告は、IATAによる取り決めは、被告ら航空会社間だけの取り決めにすぎないと主張するが、それに基づく運航予定変更のシステムは、合理的かつ有効なものであり(本件においても、通常では起こり得ない東方航空のコンピューター上の過誤がなければ、時刻変更は、正常に行われ、問題は生じなかったのではないかと考えられる。)、翻って、予約取得航空会社が、全ての相手方航空会社の運航予定変更の有無を独自に確認しなければならないとすることは、発券後も、搭乗までのいずれかの時点において変更の可能性があり得ることに鑑みれば、実際上、不可能を強いることになって相当ではない。

以上のとおり、原告の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも、理由がない。

(裁判官村田鋭治)

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